今週のニュースを見て思うのは、立憲・国民の旧民主党よりも、自民・官僚の方がまだまともではないかということである。
石破首相は無策でトランプに対しても物価高騰に対しても何もしていないという指摘は一面の事実だが、マスコミに踊らされて評価を誤ってはならない。第一に、立憲・国民・維新が政権を取ったところで何もできないし、第二に、そもそも政治が手を出してどうにかなるとも思えないからである。
農相が江藤から小泉に代わったとたん、備蓄米の随意契約、店頭二千円台目標を矢継ぎ早に打ち出している。小泉が指示して1週間ではさすがに無理だから、これは官僚がもともと考えていたものだろう。とはいえ、責任も手柄も大臣が取るのは当然だから、非難するのは筋違いである。
江藤"コメは売るほどある"大臣と代わった小泉息子だが、備蓄米の随意契約は官僚が決めていたというのは事実だろう。とはいえ、大臣は責任も手柄も取るものである。

随意契約は癒着の温床であり、アベノマスクが大蔵省の土地をモリカケに売ったのも随意契約である。だから政府や地方公共団体が財産を売却する際は、原則として入札により行わなければならない。
しかし、備蓄米を入札で売却する限り高値で応札する者が契約できることになり、応札した者が儲けるためにはさらに高く売らなくてはならないから、いつまで経っても店頭価格は下がらない。農協の思う壺である。おまけに買戻し特約が付いているから、売らずに在庫しても損しない。
買戻し特約を付けるのは、情勢が変わって備蓄米を市場に出す必要がなくなった場合に備えるためだが、結果的にコメを市場に出さないことになる。政府の倉庫から農協の倉庫に保管場所を移しただけである。だから間違いなく備蓄米を市場に出回らせるには随意契約する必要があるが、アベノマスク&モリカケと同じことになる。
それを避けるには、世論の動きからみて避けられないという大義名分と、これまでの放出米より古いコメという言い訳が必要だったのである。小泉のいう「政治決断」である。官僚だけで政治決断はできないから、政治家である大臣の手柄であり、責任でもある。
これでコメの店頭価格が下がるかどうかだが、識者言うところの二極化・三極化が起きる可能性が大きいだろう。とはいえ、魚沼産のような値段で売るコメもあれば、安い値段で売るコメもあるのが本来の姿である。マスコミはいずれ古々米で味が落ちるとか言い出すだろうが、安いコメもあるということに価値がある。
ということで、コメの市場価格を下げるには随意契約が必要だった訳だが、野党各党がそれを強く求めたなどという報道はひとつもない。江藤発言が時節柄もわきまえず不適切なのは確かだが、ちゃんと勉強していればその程度の要求はできたはずなのである。農相の首を取って喜んでいる場合ではない。
野党が何をしているかというと、「あんこの入ってないあんパン」騒ぎである。あんこが入ってなくてもちゃんと作ればバターロールで十分おいしいし、マスコミが騒ぐほど自民党の案がけしからんとは思わない。というのは、国民年金底上げの原資が厚生年金であることをほとんど報道しないからである。
長年サラリーマンをしてきた人達にとって、国民年金が上がっても厚生年金が減っては何にもならない。これをやって喜ぶのは厚生年金に入っていなかった層だけで、国会議員のほとんどがこれに当たる(江藤は親父の秘書しかやっていない)。新聞は部数減が続けば厚生年金すら心配だが、マスコミが手放しで野党案に賛成するのは本当はおかしい。
こうした、有権者の無知に付け込んで露骨な世論誘導をするのがポピュリズムであり、約二千年前にローマ帝国が衰退した要因の一つである。野党各党は議席が欲しいからなりふり構わないが、普通に考えればおかしなことである。
その意味では、立憲・国民の旧民主党(もとをたどれば社会党)や維新より、自民党と官僚の方がまだまともと言えそうである。マスコミも自民党の議席が減った方が商売できるから野党の味方をしているだけで、彼らが政権を握ったとしても石破首相よりましな政治はまずできない。
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