Go Down Gamblin' ver.6

私taipaが趣味の世界からお送りします

釈迦ヶ岳 ~中高年の山歩き(前編)

はっきりしない天気が続いたが、もう夏である。梅雨入りになったものの、その後暑くなって梅雨前線が消滅してしまった。夏本番になる前に日光に行っておきたかったので、日~月で宿を予約する。日曜日なら休日割引で高速代が少し安くなる。

予約して1日経たずに梅雨前線が復活した。毎年こんな感じである。仕方ない。天気が許す範囲で歩こう。雨に備えて何ヶ所か候補コースを用意して、日曜日は高原山を予定した。県境から福島側は午後から雨の予報。雷注意報も出ているけれど、とりあえず行くしかない。

6月22日日曜日。新車で初めて筑波山系より遠くに行く。懐具合はよろしくないが、ETCなので請求は2ヶ月先になる。空模様が気になるので、柏から高速に入る。外環から浦和本線に入るのは久しぶりである。最近はほとんど鹿沼あたりから高速なのだ。

宇都宮から日光道へ。ETCの音声ガイドで、東北道の高速料金は2千円ほど。常磐道・外環・日光道と合わせて3千円台。休日割引と軽自動車料金でかなり安く済んだ。これくらいで収まれば、一泊するより早起きして高速に乗った方がお得である。

ただし、もみじラインはここからが遠い。今市ICを出て鬼怒川まで結構かかる上に、龍王峡でもみじラインに乗ってからヘアピンカーブの連続でスピードが出ない。高原山神社の鳥居前駐車場に着くと、午前8時を過ぎていた。4時半に出たから、3時間半かかった。

身支度して8時半に登り始める。まず、林間のゆるやかな坂である。私の前に3台、支度している時にもう1台来たから計5台。あまりひと気がないとクマが気になるが、これだけ登っていれば心強い。

 

3年前に歩いたもみじライン駐車場からのルートで釈迦ヶ岳を目指す。旧スキー場のゲレンデ跡を登る。

このルートは3年前に登ったことがある。中腹まで廃業したスキー場のゲレンデ跡を歩くので、とても気持ちがいい。

おそらく今でも滑ろうと思えば滑れると思うが、リフトが外されているので足で登らなければならない。そんなことをするより、隣のハンターマウンテンに行くだろう。

登山道を15分ほど登りゲレンデと合流。一気に道幅が広くなる。いまだに、トタン板のゲレンデ案内板が残っている。ここは3つのコースが麓に向けて開けていて、リフトで一番上まで行くとどのコースにも入ることができたようだ。いまだに、リフト小屋の廃屋が残されている。

その廃屋まで登山口から1時間弱。朝方なので暑いというほどではないが、決して涼しいとはいえない。朝食が3時台だったので、ここで休憩してエネルギーゼリーで補給。プラ椅子がいくつか置かれているので、ありがたく座らせていただく。

このプラ椅子は鶏頂山の信仰登山を行っている下野巴教会が設置したもので、登山道の要所に置かれている。(正式には宗教法人木曾御嶽本教下野巴教会、宇都宮市に本部がある。HPによると、5月・11月に鶏頂山登拝祭を施行とのこと)

おそらくここで待機して、水や食料の補給や負傷者等のサポートを行っているのだろう。鶏頂山頂上の拝殿まで同じ椅子が置かれているので、前回登った時に気づいた。

ここまでは傾斜の緩急はあるがずっと登りで、ゲレンデ跡である以上当然そうなるのだが、ここからゆるやかに下り、再び登る。鞍部のあたりに大沼という湖があり、湖面に鶏頂山が映って幽玄な雰囲気なのだが、前回行ったので今回はパス。

その後の登りは林間で少し分かりにくい。赤テープと巴教会の看板「→鶏頂山山頂」が目印になるが、踏み跡が交錯してどこが正規のルートかよく分からない。基本的に上に行けばいいから、信仰登山の時もみんな広がって登っていくのかもしれない。

リフト廃屋から30分ほどで弁天池到着。ここには祠があり、巴教会の建てた案内看板や石碑が周囲に置かれている。案内板によると源平合戦の折、平家の落人がここにかくまわれていたが、敵方の忍者が襲ってきたため、さらに奥地にある湯西川や桧枝岐に落ち延びていったらしい。

わざわざ鎧兜や武器を持ち、ここまで逃げてきたのかと思う一方で、鎌倉時代にまだ忍者はいないのではないかと突っ込みたくなった。湯西川も桧枝岐も、いまのように野岩鉄道やマイカーが使われる前の時代には、すぐ下の五十里ダムから路線バスで行った。半日・一日がかりだった。鎌倉時代どころか、昭和に入るまでかなり不便だったのである。

(この項続く)

 

1時間ほど登るとスキー場最上部、リフト小屋の廃屋に到達。下野巴教会が置いているプラ椅子があり、ここで休むことができる。

30分ほどで弁天池。平家の落人がかくまわれていたという。

 


p.s.中高年の山歩きシリーズ、バックナンバーはこちら