Go Down Gamblin' ver.6

私taipaが趣味の世界からお送りします

京都南丹市事件の報道は不審

3月末からずっと、京都府南丹市事件の報道が続いている。亡くなった小学生はかわいそうだし真相は究明されなくてはならないと思うが、他に報道しなければならないことがあるだろうというのが率直な感想である。

 

この事件の報道は最初からおかしかった。やたらと被害者の写真を強調するのは当初行方不明だったから仕方ないとしても、女子高生行方不明事件の報道が何日も続かなかったのに比べると異常であった。警察とマスコミがぐるになって何か隠していると思わざるを得なかった。

警察が分かっていることをすべて発表しないのは当り前である。全部マスコミで報道されていたら、被疑者が自供しても犯人しか知りえない事実と認められず、裁判で証拠にならない。司法解剖の結果にしても、核心は隠しているはずである。それは仕方がない。

だからといって、マスコミが一緒になって何も知りませんでしたで済ませるとしたら、お前らちゃんと取材してるのかと言いたくなる。警察発表以外はニュースにしないのなら、最初から報道なんかするな、番組なんか作るな。視聴率が稼げればどうでもいいのか。

義理の父親が逮捕されるまで、自宅付近の映像をまったく出さず、家庭環境もほとんど報道しなかったのも不審である。一家の誰かが「取材お断り、自宅も映すな」と貼り紙を出したそうだが、いくらでもやり方はある。学校と警察、駅前の映像だけなんて不思議な事をなぜしたのだろう。

おそらく、警察は犯人(義理の父親だけとは限らない)を泳がすために、マスコミにあまり張り付かないでくれと要請したのだろう。でなければ、自分の車で遺体や遺留品を運べるはずがない。バーターで、ある程度の捜査情報をオフレコで知らせたと思われる。みんなぐるというのは、そういう意味である。

だったら、連日トップニュースにする意味があったのか。意味があるとすれば被害者が生きていた場合だけだが、かなり早い段階から警察は殺されたであろうと分かっていたはずである。マスコミもそれを知っていて、連日視聴率稼ぎをしていた。

1日に何時間もTVを見ないから知らないだけかもしれないが、新潟の女子高生行方不明の報道はほとんどされていない。サウナルームやスキー場の死亡事故など、最初だけでその後はなしのつぶてである。なぜ、南丹市の事件だけこんなに「引っ張る」のだろう。

 

ニュースを見るのは、夫婦関係や親子関係が複雑な家庭の実態を知りたい訳ではなく、いま何が起こっていて、最優先で考えなければならないこと、対応しなければならないことは何か判断するためである。

だから、アメリカ・イスラエルの戦争行為や、原油の海上輸送がどうなるのか、石油・関連製品の供給がどうなるかを連日トップニュースにしないのはおかしい。ガソリンが160円なら何も問題ないのか。システムバスが作れなくなってもたいして困らないが、輸血や点滴ができなくなれば人命にかかわる。

きっと、いまのTV・新聞は「知る権利」なんて考えてないし、視聴者のあるべき人物像も世間的常識も関係ない。関心があるのは視聴率やアクセス数、自分の出世だけである。一皮めくれば、NHKもフジテレビも一緒である。

被害者となった小学生はかわいそうだけれど、悲惨な状況におかれている子供達は日本にだってたくさんいるし、世界中であれば山のようにいる。複雑な家庭環境を見たければドラマでもコミックでも見てればいいし、みんなで大騒ぎしたければ大谷でも見てろと言いたい。

 

p.s. なんとなく思うことの過去記事、バックナンバーはこちら

 

NHKでも毎回トップニュースにする京都南丹市の事件。他に報道しなければいけないことがあるだろうというのが率直な感想。マスコミの姿勢はたいへん不審である。

 

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